あるとき子どもとの話の中で「日本は、二ホンと読むのか、ニッポンと読むのか」という話になりました。その場にいた大人でも決定的な答えを知っている人はいませんでした。皆さんはどう思いますか。

 

私は日常的にどちらの言い方もすることがあります。

日本一は、「にほんいち」と「にっぽんいち」どちらでもいいですね。
日本語は、「にほんご」と言うけれど「にっぽんご」とはあまり聞きません。
日本茶は、「にほんちゃ」です。

「日本」を含む単語は他にもたくさんあります。何気なく使い分けているようにも思いますが、何か違いがあるのでしょうか。

 

調べてみると、なんと国会でも答弁(平成二十一年六月三〇日「日本国号に関する質問」)されていました。しかも結論は「いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はないと考えている」だそうです。

また、以下は文部科学省の外局である文化庁の説明です。

この問題は、国会や閣議、国の審議会などでも、たびたび話題にされてきました。文化庁にも、ときどき質問を頂きます。
(中略)
例えば、「がんばれ日本」は、「にっぽん」と読まれることの方が多いでしょう。「がんばれにほん」では、なんとなく元気が出ません。片や、「日本酒」や「日本料理」は「にほん」と読むのが一般的です。
また、固有名詞では「日本大学」は「にほん」、「日本体育大学」は「にっぽん」というようにどちらかに決まっていることが多いようです。これらは「にほん」か「にっぽん」かが安定している場合です。
一方、「日本人」になると「にほんじん」「にっぽんじん」どちらの読み方もありそうです。「日本銀行」はお札に「NIPPON GINKO」と印刷してあるのに、「にほん銀行」と呼ばれることの方が多いようです。
このとおり「にほん」と「にっぽん」は、世の中で両方とも広く使われており、どちらか一方に統一することは難しいのです。今後も使い分けられながら、共存していくと考えられます。

「文化庁国語課の勘違いしやすい日本語」文化庁国語課著 幻冬舎 2015年

 

 

そもそもどうして読み方が二つあるかということが興味深いのですが、言葉のルーツをたどってみると、飛鳥時代まで遡ることになります。

七〇一年の大宝律令で決まった「日本」だが、その読みはヤマトとかヒノモトである。それが奈良時代に漢字の読みどおり、二ホムと発音するようになった。この二ホムが室町時代になると東国訛りでニッポンとなり、西国では二ホンと発音した。
東国はニッポン、西国は二ホンである。それが江戸のニホンバシ、大阪のニッポンバシなのは、なにか歴史のアイロニーが潜んでいるように思える。昭和九年に政府が「ニッポン」に統一したが、昭和二十年の敗戦後はニッポンでも二ホンでもよくなった。

「「茶柱が立った」と聞いて江戸の旦那は腰を抜かす」古川愛哲 実業之日本社 2010年

 

安土桃山時代の『ローマ字・平家物語』(一五九一年)にはNIFONとNIPPONが混用され、また江戸初期の『日葡辞書』(一六〇三年)にも両方集録されているそうで、かなり古くから併用されてきたことがわかります。
「ことばの豆辞典」三井銀行ことばの豆辞典編集室編 角川書店 1983年

 

なるほど、私たちは随分と昔から国の名称を変えていないことがわかりました。列島内で大小の戦乱があり、権力者が交代しても、人々はこの土地を日本と呼んできたんですね。それが生活の中で発音しやすいように使われてきた経緯があるということのようです。

結局、今までどおり慣用的な読み方でよいということですね!