先日、あるご婦人に尋ねられた。

「『花よりほかに知る人もなし』の上の句、なんだったかしらね」

どうやら百人一首。
桜を眺めていてふと心に浮かんだらしい。

残念ながら私の記憶ではおぼつかないため、調べてみると
「もろともに あわれと思え 山桜 花よりほかに 知る人もなし(前大僧正行尊)」
熊野の山奥で修行中、出逢った山桜に心震えて和歌を詠んだという歌が彼女のいう和歌であった。

 

この他にも、百人一首には花や春を題材にした歌が六首ある。五七五七七のたった三十一音の中に、いずれも情景や情緒の浮かぶ歌が並ぶ。

花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に
君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ
ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
高砂の 尾の上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ

 

心の琴線に触れるような出来事が、繰り返し読んだ詩や小説の一説、何度も聴いた歌の歌詞などを思い出させることがある。誰かの言葉が、自らの経験と感情というフィルターを通して、臨場感をもって浮かび上がる。

かのご婦人は、季節ごとに和歌が脳裏に浮かぶのだろうか。彼女は俳句もたしなむというから詩歌に対する造形が深いのだろう。
梅が香ったとき、桜が舞うとき、ぽかぽか陽気の春の陽射しの下でこんな歌がふと心に浮かんだら、より一層豊かな気持ちになるに違いない。

四季折々を味わう方法は、本当に人それぞれなのだなぁと驚き、その感性に少しでもあやかりたいと思った。私にとって和歌や俳句は少々ハードルが高い。「桜」といえば学生の頃聴いていた歌謡曲くらいしか思い浮かばないのだから。

 

善了寺には、樹齢四百年という山桜がある。古木のため病気にかかった部分は数年前に落とされてしまったが、それでもなお毎年美しい花を咲かせている。

皆さんは、桜を眺めてどんな歌が浮かぶだろうか。