- 還る家「ともに」
- 2015年8月9日
映画、音楽と、介護と①
いよいよ8月9日は介護界の夏フェス「オムツ外し学会2015IN横浜」です!ボクの楽しみは岐阜にある介護まめ家の伊永さんの登壇。介護まめ家さんには何かとお世話になっており今年6月に開催された介護まめ家主催のセミナーパンフレットに当デイサービスの記事を掲載してもらいました。その記事を紹介させて頂きます。
ジョンとジャック
ひょんな事から4年前に‘善了寺デイサービス還る家ともに’に転職し、所長として3年が過ぎました。所長という立場になってみると、時にスタッフをはじめとして色々な方に伝え・示していかなければならない事もあると思いますが、逆にそこから離れていくべきではないか等、頭の中で葛藤している今日この頃です。妻からだけでなくスタッフからも「言わなきゃ分からないよ」と諭されたり、同時に「段々所長の色が出てきた」とも言われた事もあります。結局ボクは何をやりたいのか、キチンと示した事もなかったのでこの場を借りて考察してみたいと思います。
恥ずかしながら自分は「介護は●●●だ!」と言えるほどのハッキリ・シッカリとした考えは持ち合わせていません。介護の文脈で表わすのが難しいのですが、現代音楽の作曲家ジョン・ケージの「4分33秒」や映画「カッコウの巣の上で」みたいにありたいという思いはずっとあります。
ジョン・ケージの「4分33秒」とはピアノの前で4分と33秒の間何も演奏せず、そこにある静寂(鳥のなき声や人の話し声等)が作品になっています。5線譜から音を開放し、あるがままを受け入れ、そこにある偶然性に着目したその名(迷?)曲は当時大学生で悶々と過ごしていた僕にはとても刺激的でした。
映画「カッコウの巣の上で」(アカデミー賞受賞作品)は、ジャック・ニコルソン演じる主人公が精神異常を装って刑務所での強制労働から逃れ精神病院に入り、そこで患者の人間性までを統制しようとする病院から自由を勝ちとろうと試みる物語です。そこにある患者の目のギラギラ感は、主体性の尊重や快・不快の原則を基本とする介護現場においても追い求めなければならない大切な事だと思います。
これがボクの介護観なのですが、これでは抽象的なので今までの経験も含め特別養護老人ホームでの具体的な話を。→②へ続きます。お付き合い頂ければ幸いです―