- 住職のつぶやき
- 2020年4月16日
日暮らしにかえる言葉
今、世情不安の中で、みなさんがそれぞれ、不安や恐れを抱いていることだと思います。私もです。こころからお見舞い申し上げます。
こんな時だからこそ、安心して、言葉を聞くことのできる関係を大事にしたいと思います。不安や恐れをあおったり、あおられたりという世間では、言葉が人と人の関係を紡ぐことができません。むしろ、関係を切り裂き、言葉そのものが使い捨てられ、分断を加速してしまう。
真実の言葉は、安らぎを届けたいという願いの言葉でもあります。人を不安にさせたり、焦らせる道具ではないと思います。私にとって、安らぎを紡ぐ言葉のひとつが、「私たちのちかい」の言葉です。
先日も書きましたが、善了寺のデイサービス「還る家ともに」の朝礼で、念仏者として大事なことをまとめた「私たちのちかい」を、スタッフみんなで唱和しています。これは、あるおばあちゃんのご往生が、ご縁でした。ですから、いつもそのおばあちゃんのことを思い出します。唱えながら、スタッフみんなで聞かせてもらっているのです。
「私たちのちかい」
むさぼり、いかり、おろかさに流されず
しなやかな心と振る舞いを心がけます。
心安らかな仏さまのように
「私たちのちかい」に、言葉があります。
デイサービスは、今この大変な時期にあっても、日暮らしを大事に一日一日紡いでます。本当にありがたいことです。スタッフにも、通ってくださる皆さんにも、支えるご家族にも本当に、感謝の思いでいっぱいです。何気ない日暮らしが、こんなにも、ありがたいとことなのだということに気づかされました。
最新情報を取ろうとすればするほど、むさぼりの心に振り回されて、日常をイメージできなくなっていませんか。何気ない日暮らしを護る尊さを見失い、時に怒りに流され、何のために生きているのかを見失う。おろかさに流されます。
だからこそ、日暮らしですね。日暮らしには、漢字の中にお日様があります。人間だけで物事を考えないのが、暮らしでした。閉じこもりがちになる今だからこそ、みんなで、安らぎを取り戻すために、暮らしを見つめなおしてみませんか。
テレビをちょっと消してみる。一緒にいる大切な人を笑顔にすることを考えてみる。自暴自棄になって、投げ捨ててしまう前に、いつものコーヒーを大事にしてみる。ホッとできるお線香を買って、大切なあの人を思ってお仏壇にお参りする。
親鸞さまの生きた時代を考えると、気候変動や飢饉、疫病、大地震、そして、戦争を伴う政治体制の大転換など、大変な時代でした。単なる理想論や、現実と乖離した言論が、迷信となり現実を蝕む言葉を氾濫させたこともあったかもしれません。
親鸞さまは、法然さまを、仏さまがこの世に現れてくださった方だと頂かれました。心安らかな仏さまのように、歩まれた法然さまのお姿を、日暮らしの中に、聞き続け、学び続けてゆかれたのだと思います。
私たちも、日暮らしの中に「私たちのちかい」を取り入れてみませんか。