チモン村では、伝統的な有機農法によってオーガニック・コットンが栽培され、手織りの布をビジネスにしながら、村を支えていく、NGOナマケモノ倶楽部によるオーガニック・コットンプロジェクトが展開されています。

その現場での学びが、今回の旅のメインでもあるのですが、様々なインタビューの中で、なぜ、オーガニック・コットンだったのかという理由として、「お蚕を殺さずにすむから」という答えがありました。いのちの循環と向き合う素敵な文化だと思います。

チモン村にもいろいろな考え方の方がいます。慎まなくてはならないと思うのですが、私自身が勝手に憧れて、勝手に失望していくだけでは、学びにならないということです。教育カウンセラーの富田冨士也先生は、「学びとはその場を肯定していくこと。」と教えてくださいました。

自分の価値観を押し付けるところには、学びはないということですね。しあわせの国というとイメージが先行して牧歌的な農村をイメージしがちです。確かに、そういう風情もあるのですが、自分勝手なイメージのために現地の方々は暮らしているわけではありませんよね。

そんな、反省の中、現地に到着して2日目のことだったと思います。村を散策させていただく時間をいただきました。メンバーと一緒に回ったのですが、その時、「ドドドド」と自分のイメージと合わない機械的な音が聞こえてきました。トラクターです。

チモン村では昨年電気が通り、今年は、立派な道が村の中央にできたそうです。ツアーをご一緒した明治学院大学の辻信一先生は、トラクターの姿を見て、とても心配そうでした。「石油エネルギーと直結するからなあ」とつぶやいておられたのを覚えています。

私も漠然とその時は、近代的な合理性の価値観が広がっていくだろうと思いましたが、改めて、日本に帰ってから、藤原辰史さんが執筆された『戦争と農業』(集英社インターナショナル刊)を読ませていただきました。

トラクターや化学肥料などの存在を通して、農業労働からの解放と農業の近代化がもたらす社会の変化と農業技術の戦争への転用の学ばせていただきました。辻先生のつぶやきを改めて思い起こしていました。名著です。是非ご一読をオススメします。

トラクターは農業労働からの解放をもたらしながら、その技術は戦争に転用され、戦車へと姿を変えていきます。「殺すこと」から解放されたチモン村に、トラクターがやってきたことは、今後なにをもたらしていくのか、私たちも他人事ではなく共に受け止め考えていかなくてはならないと思いました。

有機農法は、単なる健康志向や牧歌的な美しい文化をつくっていくというイメージではなく、戦争を生み出してく技術とその技術を受け止、社会のあり方そのものを再構築していく社会システムに向き合っていく大切な考え方をもたらしてくれると思います。

オーガニックという言葉も、社会システムを問うという視点が、抜け落ちると単なる付加価値になってしまうのではないでしょうか?チモン村では、有機農法が伝統としての生死観とひとつになって成り立っていることが重要だと思いました。

是非、NGOナマケモノ倶楽部のオーガニック・コットンプロジェクト注目してください。http://www.sloth.gr.jp/column/bhutancotton/