枯れた木に花が咲いたら、誰もが驚きます。
けれども、生きている木に花が咲くことこそ、驚くべきことではないでしょうか。

これは江戸時代の哲学者、三浦梅園が残した言葉です。
日々をなんとなく過ごしてしまっていると、生きた木に花が咲くことは、当たり前としか見ることができません。
けれども、その当たり前は当たり前ではないはずです。
花だけではありません。私たちが過ごしている今日この1日の生活も、いのちでさえも、決して当たり前ではないのです。

戸塚・善了寺の境内には、大きな柿の木があります。
たくさんの実が実り、先ほどデイサービスの皆さんと収穫をしました。
その様子を見ていた、幼いころから近所に住む女性が

「今年もたくさん実りましたね。小さいころから、この時期に少しずつ大きくなっていく実を見ていました。勝手に名前をつけたり、この柿には色々な思い出があります」

と話してくれました。
今日こうして実が実り収穫できたのも、この木を大事に支え育ててくれた、たくさんの人がいてくれたからこそです。
今あるすべては、過去との繋がりがあったからこそ成り立っています。

枯れ木に花咲くに驚くより 、生木に花咲くに驚け

今日のこの1日は決して当たり前でない。
たくさんの支え・ 繋がりの中で過ごさせてもらっているのだな。
感謝と感動を忘れてはいけないなと、気持ちのいい秋の日に、柿の木が気づかせてくれました。