最近何かおもしろい本を読みましたか? 読書は本を通して著者との対話を、ひいては自分との対話を楽しむひととき。あまりお金がかからない上、自分のペースでゆったりとした時間を過ごせるのも魅力です。江戸時代の人にとっても読書は人気の娯楽。いったいどんな本が流行っていたのでしょうか。

江戸時代、出版業のルーツは上方にあり

今の出版業界は圧倒的に東京中心ですが、最初に出版業が発展したのは上方、つまり京都や大阪でした。江戸時代前期、井原西鶴の処女作である『好色一代男』をはじめとした好色本(浮世草子)と呼ばれるジャンルの小説が人気を博し、上方の出版業界は大にぎわい。好色本は今でいうライトノベルの走りだったと言えるかもしれません。

また、日常生活に役立つ知識を項目別にわかりやすく解説した『諸人重宝記』も広く庶民に親しまれました。こちらは生活実用のハウツー本と言えそうです。

当時は本を出す出版社が本屋を兼ねるのが一般的で、元禄(1688〜1704)のころには、そうした本屋が京都には200軒もあったといいます。文芸でもさまざまな流行を生み出した元禄文化を支える商売として、本屋は大事な役割を果たしていたのです。

大岡越前守による「言論統制」

本屋を大別すると2つの傾向に分かれます。医学や儒学など学問的な本を扱うのが「書物問屋」。浄瑠璃や草紙などの娯楽的なものを扱うのは「地本問屋」と呼ばれ、はっきりとすみ分けされていました。深い見識や教養を求められる武士階級ばかりでなく、庶民にとっても身近な存在として書物があり、多くの人が読書に親しんでいたのが想像できます。

読書人口が増えるにつれて、さまざまなジャンルの出版物が急増。すると、なかには幕府に不都合な書物も出てくるようになりました。そこで、幕政批判の本を出してはならぬ、という規制も生まれました。

亨保年間(1716〜36)にはテレビドラマでも有名な町奉行・大岡越前守が厳しい取り締まりを行い、書物の内容を幕府が検閲できる法律までつくられました。「言論の自由が脅かされる!」なんてことが、はるか江戸の時代にもあったのです。

今、本の最終ページを見ると、発行日などが記された「奥付」がありますが、この仕組みがきっちり制度として整ったのもこの時でした。

日本初、「夢の印税生活」を手にした作家

はじめは上方の本屋の出店がメインだった江戸の町にも、18世紀に入ると江戸発の本屋が台頭してきました。さらに19世紀、文化文政期(1804〜30)に入ると、葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵版画が地本問屋から刊行され、ベストセラーが誕生します。

『東海道中膝栗毛』で知られる十返舎一九や『南総里見八犬伝』で有名な曲亭馬琴など、日本で初めて原稿料だけを生活の糧とする専業作家が生まれたのもこの頃です。「夢の印税生活」は江戸時代に始まっていたのです。

なお、贅沢をする余裕のない庶民の強い味方となったのが貸本屋です。江戸中期以降、全国的に広がり、天保期(1830〜44)には、江戸だけで800軒ほどもあったといわれます。

今ではほとんど見かけなくなりましたが、当時の貸本屋が多くの庶民の知的好奇心を満たし、江戸の出版文化の隆盛に大いに貢献していたのでしょう。

ゆったり読書タイムを心の糧に

こんな歴史を経てきたからこそ、今を生きる私たちは、多種多様な本を手軽に楽しめる環境を享受できているのです。文庫本なら1冊数百円。それだけで何時間も空想の世界を旅し、まったく知らなかった分野の知識を得られる手段はそうそうありません。ぜひ、読書の価値を見直してみませんか。しばらく本から遠ざかっていた人も、久しぶりにゆったりと読書タイムを設けてみてはいかがでしょうか。

参考:

  • 『図説江戸(3)町屋と町人の暮らし』平井聖監修、学研