お風呂…中には嫌いな方もいらっしゃると思いますが、概ね日本で生まれ育った方なら、“お風呂好き”と言う方、多いのではないかと思います。熱いお湯にさっと入る方、ぬるめのお湯に長々と使っている方、入り方も様々です。

一般的な介護の浴槽設備

私が介護の業界に飛び込んだのはおよそ10年前。初めて勤めた、特別養護老人ホームの、その当時のお風呂は温泉の様な大浴場に階段のついている浴槽、機械式の浴槽が2台といった感じでした。

特に思い出深いのは2台の“機械浴(もしくは特浴≒特殊浴槽のこと)”とよばれるもので、1台は上下に動くボードに、入浴される方に横になってもらい、入浴できるお風呂。もう一台は車椅子に座ったまま入浴できるお風呂。見た感じは“何かのロボットか乗り物かな?”というものでした。2台目の浴槽にはジャグジーがついており、機械の轟音とともに泡が噴射されていました…。なんでも、血行が良くなるとか…。

その大浴場、2台の特浴につぎからつぎへとお年寄りが入れられてゆく様は、何か…表現が難しいのですが………幼い頃、お父さんやお母さんと一緒に入ったお風呂で、「肩までつかって、しっかり温まって」、「あと10数えたらあがろうか」………と話した、あのお風呂とはかけ離れている様な感じがしました。

この業界で有名な三好春樹さんという人物がおります。三好さんは、歳をとって、色々な事が不自由になってしまったため、このような特殊なお風呂に入っていただく事になってしまうケースがあるが、好きな人にとっては「愉しみ」である入浴を、今までの環境と変わらず、入って頂けるようにお手伝いする事が、“介護”なのだ…と話されております。「これまでの入浴方法を出来るだけ継続してお風呂に入れるよう介助する事は、その人の文化を守ることでもあるのです。(『新しい介護』講談社より抜粋)」とも書いております。

このような意見をもとに、現場のスタッフも意識が変わりました。その次に転職した特別老人ホームの増築側の浴室設計の際は、検討委員会に私も加えて頂きましたので、家で使用する様な家庭の浴槽を設置させていいただきました。介護度が高い方の入浴もこの家庭浴槽を用いて、スタッフで勉強会をしながら、ご利用者の入浴を手伝わせて頂きました。

還る家ともにの浴槽“あびそう”とは

そして、還る家ともにの浴槽“あびそう”です。(6月20日の茶堂の記事をご覧ください。)

家庭浴槽で現在主流なのは、足を伸ばせて、背中の部分が斜めになって少し寝そべった状態で入浴する洋式の浴槽。足が伸ばせるので、ゆったり入ることが出来ますが、高齢者に対してはあまりお勧めできません。理由は足が突っ張ることが出来ない為姿勢が不安定で、寝た姿勢に近い事から溺れてしまう危険もあります。

その為、30~40年ほど前まで主流だった、和式の浴槽が介護用には適しているとされています。(その辺りもすべて『新しい介護』 講談社」に記載されています。)足が突っ張れて、背中の部分も垂直なので、長座位の姿勢が保ちやすいのです。浴槽内の深さは60センチありますが、下の20センチは床面に埋め込んでいます。それには理由があります。

私たちが椅子に座って、足が床面へしっかりとかかとまでつく椅子の高さがだいたい40センチ。浴槽の横にある木の箱のようなもの、これが洗身の際の椅子で高さが40センチとなります。しっかりと足をついて座っている状態で、綺麗に洗身します。この椅子はお寺の門徒さんにお願いして、手作りで作って頂きました。そして、20センチ埋め込んだのは…“肩までゆっくり浸かってあたたまる”為だったのです。

ちなみに埋め込まずに設置してしまうと、床面からフチまで60センチ。高齢者がまたぐにはちょっと高すぎますね。それでは、出る時はまたげないのでは?そんな声が聞こえてきそうです。

出る際に助けになるのは、…湯船の浮力と、フチに合わせて作った椅子です。浮力に手伝ってもらって立ち上がり、フチの椅子に座り、片足ずつ出る。そうすれば、足の筋力が衰えた方でも、手を貸す(というか、体を支える)者が入れば出られるはずです。文章だと分かりづらいところもあると思いますので、気になった方は是非上記の本をご覧ください。決して講談社のまわし者ではございません。(笑)

さて、これで、「肩までつかって、しっかり温まって」、「あと10数えたらあがろうか」…という、当初の理想のお風呂に近付けた事と思います。介護度が低くても、高くても入浴して頂ける条件がそろいました。あとは、入浴のお誘いをする職員の腕(?)次第ですね。声の掛け方、と言う方が適切でしょうか。好きな人がいる一方で面倒がって断られちゃうケースも多いのです。現実はキビシイ…。

文:溝口